毎日新聞OBで70代の草野靖夫編集長と、30代後半の上野太郎副編集長を除けば、記者はほとんどが20代。今月、創刊13周年を迎えたが、同紙記者が若いことには理由がある。「意図しているわけではないが、3年程度で辞めていくことが、1つのパターンになっている」(中村氏)のだ。じゃかるた新聞で記者としての基礎やインドネシア語、英語を学んだ彼らは、大手新聞社に中途入社していく。こうした評判を聞きつけた大学生が応募してくるため、大手メディアの「隠れた登竜門」のような存在になっているのだ。日経BP社にも一昨年までOGが在籍していた。
入社してくる若者は、日本の大学を卒業した新卒組が多い。インドネシアへの興味よりは、記者志望で、その経験を海外で積もうと考えている人が大半だ。採用活動は常時行なっており、年間数十人から入社希望の連絡がメールで届く。そのうち書類で選考した20人程度に、夏休みなどを利用してもらってジャカルタでの面接試験に臨んでもらう。上野副編集長など編集幹部が日本に帰国した際に、面接することもある。
旅行や短期留学でインドネシアを訪れた経験を持つ人はいるが、入社時点で長年この国に住んでいた人は皆無に等しい。通常、インドネシア語の習得は、入社した後に開始される。前述の新大臣インタビューを担当したのは、インドネシア歴2年3カ月の記者だ。インドネシア語の文法や発音はシンプルだと聞くが、習い始めて3年目で大臣に取材するのは簡単ではない。アフリカ大陸を3カ月放浪してから1999年に入社したという上野副編集長は、「異国という変数は加わるが、記者の仕事はどこでも同じ。環境に馴染めず帰国してしまう人はほとんどいない」と語る。
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